万葉集にも名前が出てくるほどの昔からあります。 現在では、妹背山のある小島のすぐ近くまで埋め立てられ、民家が建ち並んでいます。しかし、平安の頃には、このあたりが和歌浦湾だったようで、波打ち際近くに浮かぶ小さな島でした。 江戸時代になってからは、紀州藩を治めた徳川家が風光明媚な万葉の地を整備し、三断橋や多宝塔、それに観海閣などが作られました。 お問い合わせ 和歌山市観光協会 和歌山市七番丁23 電話 073-432-0001