おおてもん
大手門

 古くは、「追手門」と呼ばれていた門で、万一の折りには、敵を当門内に追い込むように作られ、門前には必ず橋が架けられていました。
 和歌山城の場合は、それが「一の橋」で、大手門も「一の橋門」と呼ばれていた時代がありました。
 門内は内桝形といって、門を閉めると敵は逃げ場を失ってしまいます。その追手門がいつしか城の表門としての「大手門」となりました。
 現在の大手門は、昭和58年(1983)5月に、明治42年(1909)に自然倒壊したものを復元した高麗門形式です。