「不明」と表記して「あかず」と発音しているのは岡山城にもあるが、多域は「不開」と表記しています。 その名の通り、普段は閉じたままで、不浄の折や緊急時のみに開いたのが一般的ですが、和歌山城の場合は、和歌山市寺町に通じ下津長保寺へ抜ける間道(抜け道)が、この不明門から続いていたといわれています。 城門は大正時代に自然崩壊して以来、桝形虎口の石墨のみとなりました。
上の写真は、現在の不明門跡で、和歌山城公園の駐車場入り口になっています。 左の模型写真は城の南側からの俯瞰で、右下で赤く囲っているところが不明門です。