和歌山市の南西部にある歴史と文化が残る観光地。
古来より万葉びとのあこがれの地で、奈良時代に行幸した聖武天皇に同行してきた宮廷歌人の山部赤人が詠んだ
「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る[6-919]」の歌は、万葉集に収められているなかで紀の国和歌山を代表する最も有名なものとして知られています。
江戸時代には、風光明媚な景観を持つこの地に、紀州藩をおさめた徳川家が家康を奉るため東照宮を建立したのを始め、不老橋や観海閣の建設など、中国の庭園に模した整備を行っています。